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大阪高等裁判所 昭和42年(う)353号 判決 1967年8月08日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告株式会社水野組の負担とする。

理由

<前略> 弁護人大槻竜馬の事実誤認の控訴趣意について

論旨は要するに、原判決は、原判示第二の昭和三六年九月一日から同三七年八月三一日までの事業年度における課税標準額たる所得金額を二、八五七万九、七五五円と認定し、左記物件について当然になすべき同年度減価償却額一一二万〇、五四八円を損金として計上していないが

本社の部

建  物 二二万七、五四四円

車  両 三七万一、一九八円

機械装置 一三万三、七七六円

工具機械 一九万一、三六二円

什器備品 五万二、六六八円

営業権 一四万四、〇〇〇円

合計 一一二万〇、五四八円

の償却額については、被告会社が昭和三七年一〇月三一日芦屋税務署長に提出した法人税確定申告書に添付した被告会社の決算報告書中の償却明細書に掲記されていたものであるから当然これを損金として計上すべきであり、もしこれが計上されれば、前記所得額はそれだけ減少し、ひいては逋脱税額もその限度において減少することとなるのであるから、原判決には右の点において判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるというのである。

よつて記録を調査するに、被告会社が昭和三七年一〇月三一日芦屋税務署長に提出した確定申告書に添付された被告会社の決算報告書添付の本社の償却明細書に所論指摘の減価償却額の記載の存することは所論のとおりである。しかしながら、右申告書に添付された所論事業年度(以下単に第一四期と略称する)の損益計算書に、本社並びに千葉営業所関係として減価償却費一一、〇四二、六九六円を計上しているが、本社分の損益計算書には右減価償却についての記載はないから、被告会社が前記の資産について同社の確定した決算において減価償却を行つたものでないことは明らかである。ところで、右申告当時施行されていた改正前の法人税法施行細則三条には「規則二一条一項の規定により、法人の各事業年度の所得の計算上損金に算入する同項各号に掲げる固定資産の償却額は、当該法人が当該事業年度においてなした償却の額のうち当該固定資産の当該事業年度の償却範囲額以内の金額とする。」旨規定されているが、同規定中の「当該法人が当該事業年度においてなした償却の額」とは、法人がその確定した決算において実際に計上した償却の額をいうものであつて、納税申告の際になされた減価償却の任意の申立額を意味するものでないことは、その文言じたいからも、また右法人税法一八条、二一条が、確定申告はその確定した決算に基いてすべきことを要求していることからも明らかであつて、現行法人税法三一条が当該事業年度の所得の計算上損金に算入する金額は「……その内国法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額のうち、その内国法人が当該資産について選定した償却の方法に基づき政令で定めるところにより計算した金額に達するまでの金額とする」旨規定しているのも、このことを明確にしたものと考えられる。その故に、前記のように、会社経理に計上されず、従つて税務署長に提出された法人税確定申告書の固定資産償却額明細欄に記載されていない減価償却分を当該事業年度の損金として考慮しなかつた原判決には何ら事実の誤認はない。所論は「右のような考え方は徴税上の取扱としては認められるとしても、租税刑法の本質特に犯意の点を無視したものであつて、被告会社には右減価償却額に相当する税額の分については逋脱の犯意はない。また適正な減価償却を行うことは、単に当該法人の恣意にまかせるべき性質のものではなく、粉飾決算を防止し健全な企業体として産業経済社会に寄与させるため国家的にも関心が寄せられなければならない問題であり、この点については昭和三八年四月一日から施行された商法の改正により同法二八五条の三として「固定資産に付いてはその取得価額又は製作価額を付し毎決算期に相当の償却を為すことを要す」という条項を追加し、適正な償却についての義務を課すに至つたことも考慮されるべきである」旨主張する。なるほど減価償却は、固定資産について当然考えられる物理的、経済的減耗を価額に見積り帳簿価額を減額するものであるから、納税義務者が会社経理上これを損失に計上していなくても客観的には年々損失が生じているわけであり、当然これを所得から控除しなければならないようにも考えられる。しかしながら、法人税法が前記のように会社において経理上の処理をしたもののみについて減価償却額を損金として取り扱うこととしたのは、課税手続上税務官吏が法人の資産をいちいち再評価してその事業年度の法人税額を決定することは困難であり、また固定資産について当然考えられる物理的、経済的減耗といつても、現実にはそれぞれ格差があつて本来一率には考えられないものであるが、法はこれをある程度観念的にとらえて耐用年数及び定率法、定額法等の減価償却の方法を定め、これによつて各事業年度の償却を行うこととしたものであつて、これはいわば擬制的なものに過ぎず、現実にそれだけの減耗が生じたことを意味するものではないこと、しかも当該固定資産に関する耐用年数、減耗の程度等について最も詳しいのはこれを所有する当該法人であることなどを考慮すれば、法人税法上減価償却をするか否か、減価償却の方法の選択、償却の額、法定限度以下の償却をすることによる耐用年数の延長等はいずれも法定の範囲を越えない限り当該法人の自主的判断にまかせるのを相当とするとともに、企業会計の資産の価額と税務計算のそれとが異なることによる事後の計算の複雑化及び企業の予期しない損金の発生を避けるためにはできるだけ企業の決算に従つて課税するのがより実際に適していると考えたためであつて、右のような配慮は、単に徴税技術上の問題にとどまらず、租税刑法のうえにおいても同様に考慮されてしかるべきことがらに属するものと思料される。従つて法人税法上当該事業年度において減価償却を考慮することなく所得金額を算定すべきものである以上右所得金額を減少せしめることについての認識があれば、当然逋脱犯についての犯意があるというべきであり、原審並びに当審証人安井操の証言によれば、被告会社が、第一四期の決算において前記減価償却を行わなかつたのは、原判示の各種操作を行つたため利益額が少くなり過ぎ取引先に対する信用その他の関係でかえつて具合が悪いと考えられたので、右減価償却は翌第一五期に合せて行う意図のもとにことさらに当期において行わず、決算報告書に償却明細書を添付するにとどめたことを認められるのであるから、被告会社に前記所得金額を減少せしめることについての認識があつたことは明らかであり、原判示の全額について逋脱の犯意を認めるに十分である。もちろん商法二八五条の三が所論指摘の精神から新設されたものであることは否定できないが、同条は本件以後に設けられたものであり、しかも同条は、株式会社に対する商法上の義務を規定したものに過ぎないのであつて、このような義務が存するにもかかわらず、会社経理上減価償却を行わない会社に対してどのような課税をするかは専ら税法上の問題であり自ら別個のことがらに属するものである。しかも本件当時においては、株価、配当維持その他各種の政策的見地から減価償却を行わないことが是認されていたのであるから、そのような会社側の措置を前提として、減価償却額を考慮することなく所得金額を確定した原判決には何ら違法の点はない。つぎに所論は、原審は右第一四期において車両の減価償却額二二七万五、八四〇円を認めているが、右車両はいわゆる簿外資産であり、簿外資産で所得申告の際に脱漏していたものにまで償却を認めながら、他方において所得申告に際し資産として公表し、その減価償却の明細書を添付したものについて、所得計算に計上しなかつたからといつてその償却を認めないのは甚だ権衡を失するものであつて不当であるというのである。そして原判決が簿外資産である右車両の減価償却額二二七万五、八四〇円を認めていることは所論のとおりであるが、安井操の検察官に対する昭和三九年一〇月一六日付供述調書及び自昭和三五年九月一日至同三六年八月三一日間の法人税修正確定申告書写(七六丁、九八丁、一一一丁)によれば、右車両は、トヨタヂーゼル五一年型ダンプカー及び小松D50ブルドーザーの二両であつて、これらは昭和三六年五月一五日に千葉営業所に引き渡し、同年六月三日に架空の会社松井組に売却されたものとされているが、実際には千葉営業所で引き続き使用されていたものであることが、第一三期及び第一四期の各確定申告後に判明したため、これを簿外資産として、第一三期における各車両の期首基準価格から所定の減価償却をしたうえダンプカーについては八二万三、〇九一円、ブルドーザーについては一九七万二、一二〇円の計二七九万五、二一一円の各価額で引き戻し、第一三期における同額の益金(財産増加額)として計上されたものであることが認められるのであり、その結果税務署としては、次期である第一四期において、右第一三期の期末残高からさらにダンプカーについては三〇万三、七二〇円、ブルドーザーについては一九七万二、一二〇円の計二二七万五、八四〇円の各減価償却を行い、これを同期における損失として計上したものであつて、右のように簿外とされていた車両の価額を第一三期における益金(財産増加額)として計上した以上前記のように右計上前に決算及び確定申告がなされ従つて被告会社として減価償却の決算措置をとることの不可能であつた翌第一四期において、税務計算上その物理的、経済的損耗分について減価償却をし、これを損金として参酌したのは相当であり、この場合に会社が自ら経理上の処分をなしうることを前提とする減価償却についての前記規定を適用すべき余地はなく、右の車両について減価償却を認め、所論指摘の前記物件についてはこれを認めなかつた原審の認定には何ら不統一の点はない。以上のとおりであつて論旨は理由がない。

検察官並びに弁護人中原康雄の各控訴趣意について

論旨はいずれも原判決の量刑不当を主張する。よつて記録を調査するに、本件は土木建築設計施工、重量物運搬、機械解体据付、沿岸荷役等の事業を営んでいた被告会社が、原判示の二事業年度にわたつて、所得金額合計三、八一九万八、一八〇円、その税額一、四三一万五、二七〇円であるにもかかわらず、架空労務賃の計上等各種架空経費の計上や荷役収入、工事収入等の収入除外などによる所得額の減少を企て、正式の伝票、帳簿の焼却廃棄、虚偽の伝票、帳簿の作成によつて総額一、三六七万七、二九〇円に及ぶ多額の法人税を逋脱した事犯であつて、その罪質、犯行の手口、逋脱金額、正規所得に対する九五%にのぼる秘匿率の高さ、脱税率など諸般の事情を考慮すると、弁護人の所論の諸点を参酌しても、本件は到底刑の執行を猶予すべき案件とは認められず、むしろ原審が被告会社に対し罰金五〇万円に処した量刑はいささか軽きに過ぎるようにも考えられるのであつて弁護人の論旨は理由がない。しかしながら、その反面本件においては、被告会社は、その後右本税並びに重加算税四九三万七、二〇〇円を完納したほか利子税、延滞税等もほとんど完納していること、被告会社は原審公判中多額の不渡を出して事実上倒産し、七〇〇〇万円に及ぶ一般債務並びに多額の国税、地方税等の滞納分の支払のために営業権の譲渡、資産の処分等を行つているが右支払にも足りないほどであつて、被告会社には多額の罰金を納付するだけの資力はなく、また将来これを取得する見込みもないことなど諸般の事情を考慮すると、前記原判決の罰金額もあながち首肯できないわけではなく、これを破棄しなければ正義に反するものとも考えられない。検察官の論旨も理由がない。(山崎薫 竹沢喜代治 大政正一)

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